<稽古の貯金のある力士>
大栄翔(今年の11月で32歳)
若元春(今年の10月で32歳)
明生(今年の7月で30歳)
玉鷲(今年の11月で41歳)
<稽古の貯金の無い力士>
御嶽海(今年の12月で33歳)
令和3年9月場所から令和4年3月場所まで(だけ)強かった⇒大関在位4場所
霧島(今年の4月で29歳)
令和5年だけ強かった⇒大関在位6場所
正代
大関昇進前の4場所だけ強かった
大関在位13場所で10勝以上が2場所だけ。負け越し6場所。
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最近の大関で大関の責任を果たしたと言えるのは、貴景勝だけでしょうね。
小柄な体で突き押し一本鎗の取り口でしたので、故障が多く横綱になる夢はかないませんでした。
約5年大関の地位を守り、休場が多かったですが大関で3回、通算4回の幕内優勝を果たしました。
故障がなければ、もっと長く現役を続けられたと思いますが、去年古傷が悪化して2場所連続で負け越して大関陥落が決まったので、スッパリ引退を決めました。27歳ですから怪我を直して現役を続けた方が良い・と言う意見もありました。
「もう横綱を目指すのは無理だ」と言うのが、引退を決めた理由ではないかと思います。
横綱になる意志が強く大関の地位に対する責任感が大きかったように見えます。
一方、御嶽海・正代・霧島などは、大関になる前の3場所だけ成績が良くて運よく大関になった力士です。
霧島は、まだ28歳ですからこれから稽古すれば、あるいは大関復帰する可能性は残っています。しかし、大関の実力が現段階では無い事も明らかです。
正代と御嶽海は、それより遥かに運に恵まれて大関になりました。
御嶽海に至っては、たった4場所で大関陥落です。
正代は、大関で勝ち越すのがやっとでした。大関陥落規定のおかげで大関の地位が保てたようなものです。
関脇なら何回も陥落しているでしょう。
御嶽海は、大関になるころは「稽古嫌い」で有名でした。恵まれた体格と勝負勘だけで大関になれたと言えます。
調子が悪くなると、直ぐ弱くなってそのままです。
今場所は、その体力も失われて東前頭17枚目で6勝9敗と負け越して、来場所は十両陥落です。
体力と才能だけで幕内にいたのですから、才能には恵まれていたと言えます。
御嶽海が稽古をしない理由として言っていたこと。
「3年先の稽古と言うけれど、ケガをしたら終わりじゃないか。だから激しい稽古はしない。勝てればそれでいいでしょう。」
勝てるうちは、それでも良かったです。ついに、才能だけでは勝てなくなりました。
「稽古の貯金のある力士」に上げた力士は、稽古で今の地位を築いてきました。
玉鷲は、今でも若い衆と同じ稽古をするそうです。それだけの体力があるから、まだ幕内力士が務まるのでしょうね。
明生は、まだ30歳前ですが幕内の常連力士としての地位を保っています。最高位が関脇でその頃の実力はありませんが、まだ幕内では強い方でしょう。
立浪部屋の稽古やチャンコの動画があります。
興味を持って見たのは、横綱:豊昇龍の所属部屋だからです。豊昇龍は、部屋でどんな風にしているのだろうと少し気になったからです。ちゃんこ風景を見ると、この部屋が一番面白いです。賑やかにおしゃべりしたり冗談を言いながら楽しそうに食事しています。
明生は無口ですから動画向きでないので、あまり出てきません。
若い衆の長い座卓に上座の方に応接セットが置いてあって、明生はそこで一人で食事しています。
親方はあまりいません。女将さんは若い衆の座卓の方で、きゃっきゃ言いながら若い衆と食事していることが多いです。
若い衆も気を利かせて、時々女将さんを「ヨイショ!」してみんなで楽しく食事をするのが普通です。
これは脇道で、稽古場での明生です。
若い衆が土俵を使っている時は土俵わきですり足の稽古をしていることが多いです。
時には、サンドバック状の稽古用の重りを持ったり、後ろ向きでやったりと基本稽古をしていることが多いです。
【爆食い】豊昇龍が稽古後に食らうちゃんこ 豚ちり鍋&北海道名物ちゃんちゃん焼き【相撲飯】
https://www.youtube.com/watch?v=ZQOkfazRAEQ
この動画では、豊昇龍が食事の時に出ています。
【牛×豚×鶏】大量の唐揚げ&豚の生姜焼き&牛ステーキをガチ食い!
https://www.youtube.com/watch?v=JxUTJwQgyF8
この動画では、明生は多分向こうの応接セットの方にいると思います。
明生を相手にしても、つまらなので女将さんは若い衆の座卓に混じって食事しています。
食事風景は、立浪部屋が一番賑やかで楽しそうです。
そういうのは、どうでもいいんですが、やはり長く地位を保てる力士は普段から稽古を積み重ねていると言う事です。
特に大関の稽古は、地位を保つための稽古では、すぐに弱くなります。下から目標にされるからです。横綱になるための稽古が、大関の地位を守るために必要です。
平幕程度の緩い稽古では、大関の地位は保てません。
大関から横綱に昇進する力士は、大関になって一番稽古するそうです。
北の富士勝昭
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E3%81%AE%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E5%8B%9D%E6%98%AD
『それでも11月場所後の九州地方巡業で、ほとんどの力士が悪天候と寒波に見舞われて稽古ができなかった中、北の富士はただ一人稽古を皆勤した。その巡業に帯同した大鵬が「あれが本当に北の富士だろうかと目をうたがうようなときがあった。ワシも大関から横綱のころにかけては人後に落ちない稽古をした自負はあるが、いまの北の富士も稽古にはすごく熱が入っていた。今度の巡業で北の富士の稽古は本物だと感じさせられる場面はかなりあった」と評するほどの熱心さであった。』
北の富士さんは、遊び人でちゃらんぽらんに見えますが、やっぱり大関から横綱に昇進するときは、死ぬほど稽古しているのが分かります。それを見ていた大鵬さんが言っているのだから、本当でしょう。
この半分やって、やっと大関の地位が保てると言う事です。
もう一つ言えるのは、半分マグレで大関に昇進するケースもあるわけですから、大関昇進後はみっちり稽古しないと、すぐメッキが剥がれる場合もある事です。御嶽海の場合は、すぐメッキが剝がれた例です。
どっちにしても相撲は稽古をサボると、直ぐ弱くなると言う事です。
「強くなりたければ稽古しなければなれない。強くなったら稽古しないと、すぐ落っこちる。」
つまり❓
玉鷲を見習って、「現役のうちはセッセと稽古しろ!」と言う事のようです。
※関連日記目次
「欧州サッカー&大相撲&ボクシング」の記事目次③
https://blog.goo.ne.jp/kitanoyamajirou/e/e1c3411cc4e400cbb1f90e45064e8d35